ホームページ制作 脳のしわを増やすために
In the long run, we are all dead.


2004年12月31日(金)

結構本や論文を読んだ2003年に比べて、2004年はそれほど本を買わなかったな。
J.Adda and R.Cooper『Dynamic Economics』とか、名作と名高いランズバーグ
『ランチタイムの経済学』
竹森俊平『世界経済の謎』、話題になった
『エコノミスト・ミシュラン』などは買ったはいいけど全部読んでない。
クルーグマンの新作『嘘つき大統領のアブない最終目標』は買ったら読まないと!

言い換えれば、インプットばっかりだった2003年に対して、2004年はたいした
ことないけどある程度アウトプットを出そうとした、ということかな。
それがBarro and GordonのTime Inconsistencyのモデルに幅のあるインフレ・
ターゲッティングを入れた話と、結局ダメだったけど「デフレの罠」に
ついてちょっと考えてみた話になるというわけ。

2005年は、とりあえずTime Inconsistencyの話をまとめることをやって
しまいたい。まずは日本語で書いてるけど、できれば英語にもしてみたい
(英語の勉強も兼ねて)。それと並行してまたインプットにも力を入れたい。
特に計量経済学の修行を積まないと。さらに、できれば他に何かアウト
プットを出したい。

というわけで、来年も引き続きこのコーナーをご笑覧頂ければ幸いです。


2004年12月12日(日)

今までここに書いてきたようなことと、計算結果をまとめはじめた。
やり始めるとちょっとした間違いを発見したりする。

でも、TeXじゃなくていまだにWordで書いてるので、数式書くのが面倒。
いい加減TeXを覚えた方がいいよなあ。


2004年12月4日(土)

またまた同じようなメモで恐縮です。まあ、自分用ですから。

11月20日に書いた、「雇用者がインフレ率を正しく予想することを目的と
するのはどういう理由からか」という件、Barro and Gordon(1983)の
JME論文と、同じコンビの同じ年の論文"A Positive Theory of Monetary
Policy in a Natural Rate Model."
Journal of Political Economy
をさらっと見た限り、きちんとした理由はないように思われる(つまみ読み
してるので見落としてるかもしれないけど)。
"Given rational ecpectaitons, people predict inflation by solving
out the policymaker's optimization problem"なんて書いてあるんで、
合理的期待均衡を求めることが前提の構造になってるみたい。

あと、Barro and Gordonでは、雇用者が期待していたインフレ率よりも
中央銀行が高いインフレ率を設定した場合、次の期に雇用者が「キレて」、
中央銀行にとって期待インフレ率=実際のインフレ率にするのが最適になる
ようなインフレ率(=subgame perfectになるようなインフレ率)を期待
する、という構成になってる。これは、雇用者がインフレ率を正しく予想
することを目的としているなら最適な行動だ。

でも、11月20日に書いた(1)(2)に、「中央銀行が設定した[α,β]の
ターゲットの範囲に対して人々が異存がない」という仮定を追加すると、
そうはならない。
計算してみた結果、subgame perfectになるようなインフレ率はターゲット
とするインフレ率の上限βよりも大きい。この時、中央銀行が実際のインフレ率を
期待インフレ率よりも大きい値に設定したとしても、実際のインフレ率<β%で
あれば、雇用者は次の期もターゲット内のインフレ率を期待するのは
自然だろう。だってインフレ率はまだ[α,β]の中にあるんだから。
ここでB&Gのように、「中銀のやつdeviateしやがって。だったら次の期の
期待インフレ率はsubgame perfectのインフレ率(>β%)としてやるぞ!」
と考えるのは、雇用者あまりにキレすぎってもんだろう。

だとすると、10月31日に書いたような「インフレ率のターゲットが雇用者の
名目賃金決定に影響を及ぼさないほど低い範囲にあるならば、雇用者はその
ターゲット内ならどこでもいい(その時彼らの厚生が最大)」っていう想定の
方が、整合的だと思うんだけど。まあ、とりあえずこの方向で走り出してみますかね。


2004年11月24日(水)

Barro and Gordon論文は、こんちゃんのおかげでゲットできました。ありがとう!

さて、下のような話を言葉だけで書いてくのは意外と面倒で、しかもHTMLで数式を書くのも
もっと面倒そうなので、どうせだったらもっとちゃんとまとめてみようかな、と思っている
今日この頃。

「そう思ってるんだったら、「24」なんて借りてる場合じゃないだろ!」というご意見、
ごもっともでございます。地道にやっていきます。


2004年11月20日(日)

で、下で書いてることの続きを性懲りもなく考えてる。Barro and Gordonモデルをベースに、

(1)ターゲットにするインフレ率をα%からβ%までの範囲にする。
(2)[α,β]の間に、中央銀行が最も望ましいと考えるインフレ率がある(まずβ%とする)。

という設定で、下に書いたような、「雇用者は、インフレ・ターゲット内にインフレ率が
あればどこでもいい(その時彼らの厚生が最大)」という設定が変でないなら、面白いことが
言えそうな感じ(ちょっと計算してみた)。

で、その設定の妥当性について考えてるけど、よく分からん。っていうか、Barro and
Gordonの、雇用者がインフレ率を正しく予想することを目的とする、っていう理由も実は
よく分からん。インフレ率を正しく予想できなくて、予期せぬインフレが起きても、産出量
増えるんだからいいじゃん、と思う。ただ単に名目賃金を変えたくないだけなのか?
であればAkerlof達の結果から、上の設定も正当化されそうな気もする。

で、困った時は原論文を見直すか、と思ってBarro and Gordon(1983)を探したら、実は
持ってなかった(今まではギボンズやWalshを参考にしてた)。うーん。JMEの論文って
なかなかネットからダウンロードできなかったような気がする。論文自体古いし。参ったな。


2004年10月31日(日)

さて、下にごちゃごちゃ書いたように、「インフレ・ターゲティングがある幅に設定されて
いれば、通常Time Inconsistencyとされてしまう中央銀行の行動は、必ずしもそうとは
言えなくなるんじゃないか」ということを相変わらず趣味で考えてるんだけど、
とにもかくにも手を動かしてみるか、ということで、まずはBarro and Gordon(1983),
"Rules, Discretion, and Reputation in a Model of Monetariy Policy,"
Journal of
Monetary Economics
を応用してみる。

Barro and Gordonモデルでは、インフレ率を予想する民間主体(雇用者)は
インフレ率を正しく予想することを目的としていて、期待インフレ率=実際のインフレ率と
なった時彼らの厚生が最大、という設定になっているけど、それはどうしてか?

多分、雇用者は名目賃金の上昇を物価水準の上昇にスライドさせるために、
できるだけ正しいインフレ率を予想することがいい、ということなんだろう。
でも、名目賃金の決定のためにインフレ率を見ているのなら、「低インフレ率であれば、
名目賃金への影響はほとんどないかも」という、Akerlof, Dikens and Perry (2000),
"The Macroeconomics of Low Inflation"
Brookings Papers on Economic
Activity
の結果を踏まえると、「インフレ率のターゲットが雇用者の名目賃金
決定に影響を及ぼさないほど低い範囲にあるならば、雇用者はそのターゲット内なら
どこでもいい(その時彼らの厚生が最大)」ってことは言えないかなあ?

この設定がそんなに変でないのなら、民間主体(雇用者)の厚生はインフレ率が
ターゲット内にある時に最大になる、ということにしてモデルを解けば、期待形成の
仮定次第で合理的期待均衡(期待インフレ率=実際のインフレ率)が存在しないかも。

なんてことを考えながら某カフェで計算してたら、「混雑中に勉強はご遠慮ください」と
怒られて中断。
勉強というより趣味ですが何か?って感じだけど、仕方がない。また後で計算してみる。


2004年10月12日(火)

ノーベル経済学賞はKydlandとPrescottが受賞した。Prescottはいずれ
とるんじゃないかなあと思ってたけど、Kydlandと共同受賞とはちょっと驚き。
まあ、受賞理由が
"for their contributions to dynamic macroeconomics: the time consistency
of economic policy and the driving forces behind business cycles"
ということで、下見りゃ分かるようにTime Inconsistencyのモデルにはお世話になってるので、
そういった意味では俺としても嬉しくはある。

ただ、彼らの受賞でいちごでは、「インフレ・ターゲッティング派は負けを認めよ!」
みたいな論調になってて、それは彼らが景気変動を需要側ではなくて供給側の要因で
説明しようとするReal Business Cycles(RBC)の創始者だってことが 大きな要因なん
だろうけど、だいたいTime Inconsistencyをインフレ・ターゲティング導入で防ぐことができる、
ってモデルもある(3/14に書いたSvensson論文など)んだから、 その観点から言えば彼らは
インフレ・ターゲッティング賛成派とみなす事ができるはず。だから、「インフレ・
ターゲッティング派は負けを認めよ!」派は一面しか見てないんじゃないの、
ということをここで書こうとしたら、「いちご随一の人格者」こと、 一夢庵氏
ちゃんと書いてくれた。
これ


氏は経済を専攻した人じゃないそうだけど、これだけ知ってるのはすごい。
しかも今、Ljungqvist and Sargentの"Recursive
Macroeconomic Theory"
を読んでるとは。俺も頑張っていかねば。

で、個人的にあまりにもタイムリーだったからついでに書いとくと、下の10/9
「デンパを飛ばす」って書いたのは、Time Inconsistencyのモデルにインフレ・
ターゲティングを入れても、Time Inconsistencyが解消しないような状況を考えてるから。
ターゲットに幅があれば、人々の期待形成如何によっては中央銀行がTime Inconsistencyの
振る舞いをした方がそうでない時よりパレート優位になることがあるんじゃないかと。
ほーら、デンパくさいでしょう???

追記(訂正)
よくよく考えたら、上の書き方だと本当にデンパになってしまうって ことに
気づいたので訂正します。

言いたかったのは、インフレ・ターゲティングがある幅に設定されていれば、
通常Time Inconsistencyとされてしまう中央銀行の行動は必ずしも そうとは
言えなくなるんじゃないか、ということ。

つまり、中央銀行が低いインフレ率を設定するとアナウンスしといて、そのつもりで
人々が期待形成したところで多くの産出を得るために高いインフレ率を設定する、
という政策が通常Time Inconsistencyとされるけど、ターゲットに幅のある設定なら、
ターゲットの枠内であればそれは必ずしもTime Inconsistencyとは言えないんじゃないの、
ということです。人々の期待形成如何によっては、期待インフレ率よりも実際のインフレ率が
高くても、ターゲット枠内にあるんだからそれは必ずしもdeviateしてるとはみなされない、
ということが言えると思うんだけどどうでしょ?

そうであれば、中央銀行はインフレ率をターゲットの枠内でコントロールしながら
産出量を自然率水準より増やすことができるはず。
こういうことが言いたかったのです。


2004年10月9日(土)

いちごびびえすでのこの疑問 は、俺が3月14日に書いたこととほぼ同じ疑問
なんだけど(でもいちごに書いたのは俺ではないよん)、
誰からもレスがないなあ。俺も知りたい。
つーかひょっとして、ここ見て書いた?なわけないか。

この、Time Inconsistencyのモデルにインフレ・ターゲッティングを入れる話は
長らく勉強してきたけど、最近また妄想していることがあるので、近いうちにここで
デンパを飛ばしてみることにします。


2004年9月30日(木)

最近の人的資本の研究ってどうなってるんですかね?(ボソ)


2004年9月14日(火)

メモ。「インフレ粘着性」に関する文献。
N. Gregory Mankiw,"The Inexorable and Mysterious Tradeoff
Between Inflation and Unemployment."

N. Gregory Mankiw and Ricardo Reis, "Sticky Information Versus
Sticky Prices: A Proposal to Replace the New Keynesian Phillips Curve."


どうでもいいが、ReisはMankiwよりも年上に見えるな(実際は俺の3つ年下・・・)。


2004年9月13日(月)

8/1,8/23に書いた
岩本論文にせよ、河越正明、広瀬哲樹(2003)
「FTPL(Fiscal Theory of Price Level)を巡る論点について」

ESRI Discussion Paper Series No.35にせよ、
ゼロ金利下のデフレ(岩本の言うところの「デフレの罠」)から
脱出するには、
横断性条件を満たさないような政策(非リカード型財政政策)を採ることを提案している
(元々は、Benhabib et al(2002)."Avoiding Liquidity Traps."Journal of Political Economy
提唱されたものらしい)。

具体的には、8/23にも書いたような理由で名目公債を増やし続けることにコミットすれば、
横断性条件を満たさないのでやがて物価水準は上がってデフレから脱却できる、というもの。
しかし、河越・広瀬も書いているように、名目公債も増えている現在の日本はある意味
非リカード型財政政策を採っているといえる。
それでも物価が上昇しないのは、将来リカード型財政政策を採ること 、すなわち
名目公債残高を減らしていくと広く信じられてるから?実はそうかもしれないな。
だったらもっとちゃんと非リカード型財政政策にコミットしろ、ってことになるか。
ただ、本当に今の日本の財政は非リカード型なのか、という実証上の問題はあるけど。

ところで、上のBenhabib et alではデフレ脱却のためのPolicy Switchを扱っているようだ。
俺の修論やその原論文のDrazen&Helpmanではインフレ下でのPolicy Switchを
扱っているので、その対比の意味で興味が湧いた。
プリントアウトして
読んでみよう。


2004年9月13日(月)

先日、
JMMに郵政民営化に対する土居丈朗・慶應義塾大学経済学部助教授
意見が載った。
俺の考えに近い、といったらおこがましいが、かなり共感できたので、特に
郵便事業に関するところの要約(といっても長くなったけど)をここに載せてみる。
<現状認識>
・郵政公社に民間経営の視点を導入することは重要だが、郵政公社が現在の
組織形態をあまり変えずに民営化してよいかどうかは別次元の問題。
・現在の組織形態をほぼ維持して民営化し、収益拡大を追及すれば、民間企業としては
優秀な成果を上げられるかもしれないが、それが日本の国民や宅配市場などにとって、
よいことであるかは自明ではない。
・今の組織形態では独占性が強く、上げた収益は、経営効率化の成果というより
独占利潤をむさぼったというものに近い。
・郵政三事業を営む会社の収益拡大が、既存の民間企業の収益の悪化を伴ったり、
既得権益の温存(人員・局舎整理を行わずに、独占利潤でその雇用や既存の郵便局を
維持すること)に用いられたりしては、国民全体にとって何の利益にもならない。

<じゃあどうすればいい?>
・官と民の役割分担を考える際には、競争と独占にメリハリをつけることが重要。
官の立場で民間と競争をさせようものなら、官業ゆえの特典を行使して民間に
不利になるだけ。競争するなら、官の立場と独占を排除しなければならない。
・ただ、「市場の失敗」があって全てを民間に任せられないというなら、その場合に限り、
官が業務を行うが、そこでは官が独占的に業務を行うこととせざるを得ないだろう。
もちろん、ある一時期において市場の失敗があって後にそれが解消されたならば、
官業はサンセット化して、民間に開放すべき。
・郵政事業に公共財的な性格がある部分については、国が独占させざるを得ないが、
国が厳しくその独占させる業務を監視・抑制する必要がある。他方、民間企業でも
営める事業は、国の関与を減らす必要がある。

<具体的には?>
・郵便事業の会社組織そのものを民営化して民間会社と対等に競争させるよりも、
民間企業の新規参入を積極的に促しつつ、郵政公社の承継会社の業務を制限
(あるいは、現状で従事している業務なら撤退)して小さく閉じ込める。
つまり、公的な組織だったものを民間に変えるより、公的組織の業務を減らして
民間会社に自由にさせた方が目的をよりよく達成できる。
・ただ、ユニバーサル・サービスや信書取り扱いをどうするかという問題が残る。
郵政事業改革に関して、郵便事業には、ユニバーサル・サービスを義務付け、
信書取扱いを独占させるが、民間企業でも営める業務への進出を禁止するのが
望ましい。
それは、郵便事業にある公共財的な性質を重視し、その供給に収益を過度に
追及しないようにするとともに、損失を出さないように規律づけることが狙い。
・その規律付けは、国からの損失補填のための補助金投入を一切禁止する。
目下、公的組織の非効率性の問題は、非効率な運営によって収益が上がらない
のではなく、損失を出して、国民の財政負担を増やしていることにある。
だから、そんな組織に、いきなり収益向上に猛進せよというより、まずは損失をなくし、
今後は追加的な国民の財政負担を強いないと誓わせる方がよい。
・このような公共財的性格があるならば、辺地における営業に対して補助金を
支出することも考えられるが、租税を財源とした補助金よりも、同じ事業で得た
他地域の収益を使って維持する方が、事業の性格からしても、政治的にも、
受け入れられると考える。財政支出で損失を補填することは、財政規律を
失わせてよくない。
こんな感じ。郵便事業は、基本的に民間でやっても問題ない一方、ユニバーサル・
サービスの提供という公共財的性質もあるので、その点については公的部門が
市場に介入する必要がある、という認識がポイントなんじゃないかと思う。
ちなみに、同じ民営化の議論でこの前話題になっていた道路公団民営化問題だけど、
道路なんてまさに公共財的性質を満たしているから、なんで道路公団を民営化して
採算性を特に重視しなければならないのか、よく分からん。

ただ最後の介入の方法だけど、俺は当初「辺地における営業に対して補助金」が
いいんじゃないかなあと思ってた。
その方が、公共財的性質に対する介入ということがはっきり見えると思ったから。
でも、一方で信書で独占させているのだから、ユニバーサル・サービスを維持できる
程度の独占利益しか認めないとすれば、一石二鳥なのかもしれない。このあたりは、
もっとよく考えてみなければ。


2004年8月29日(日)

23日のノートはマラソン見ながら書いたので、大勘違いがあった。
よって修正。


2004年8月23日(月)

せっかくちょっとやる気になっているので、
岩本論文、特に前半の
ゼロ金利下でのデフレーションに関する箇所をまとめてみる。
そして、完全に自己満だけど、自分の修論のモデルでゼロ金利+デフレの時どうなるか、
ちょっと考えてみる。

岩本論文は、ゼロ金利においてデフレーションが起こるモデル(MIUモデルに立脚)に
ついて、その条件と脱却方法について検討している。
MIUモデルでは、名目利子率=実質利子率+インフレ率になるので、ゼロ金利
(=名目利子率がゼロ)の時、インフレ率=−実質利子率になる。だから、
実質利子率が正であればこの時インフレ率は負になる。

この時、横断性条件(この場合は実質政府債務=実質貨幣残高+実質公債の
割引現在価値がゼロであること)が満たされていれば、これは均衡になる。
岩本はこの均衡を「デフレの罠」と呼んでいる。

岩本は、貨幣成長率がμで一定の時、この「デフレの罠」から脱出するには、
一時的に横断性条件が満たされないような政策、つまり名目公債の成長率を
正にする政策を提唱する。
この時デフレが続くのであれば、実質貨幣残高はμ+実質利子率、名目公債の
成長率がn>0なら実質公債はn+実質利子率で成長するので、実質政府債務は
実質利子率以上に増大していく。ということは、個人の実質資産が増大するので、
それを取り崩して消費に回せば効用は改善する。
デフレである限りこれは続くので、財の需要と供給が均衡するにはインフレが
起こらざるを得ない、というロジック。

さて、俺の修論のモデルは、同じMIUモデルだけど、次のような設定になっている。

設定:初期時点では実質公債は増加しているとする。そして、T期において
実質公債をある値BTにして、以下一定とする。

この時、初期時点でゼロ金利だとすると、インフレ率=−実質利子率(=主観的
割引率>0)となってデフレになる。
ただし、実質公債は成長しているという想定で、かつ実質貨幣残高もμ+実質利子率で
成長するので、横断性条件は満たされない。
つまり、このモデルの設定ではゼロ金利+デフレは均衡にはならない。

均衡になるには、実質政府債務の成長率が実質利子率以下になるように実質公債が
減少している、という設定にしないといけない。
逆に、上記の「実質公債は増加している」という設定で横断性条件を満たすには、
実質貨幣残高が減少していないといけないから、
インフレ率は貨幣成長率以上でないといけないことになる。だから俺のモデルは
デフレ経済よりもインフレ経済を扱うモデル、ってことが今さらながら確認された。

だいたい、元論文が、
Drazen and Helpman(1990)"Inflationary Consenquences of Anticipated
Macroeconomic Policies."

だしな(爆)。


2004年8月1日(日)

久々の更新。本や論文を読める時間は電車の中ぐらいしかないんだけど、
電車の中では英語で数式がたくさん出てくる本や論文は読まないことにした。
というのは、どうせちゃんと理解できずに、また読む羽目になるから。

というわけで、最近は日本語でよさそうな文献を探していて、
岩本康志
『「デフレの罠」脱却のための金融財政政策のシナリオ』
にぶち当たった
(まだ読み途中)。
最近のデフレ脱却に関する議論を知るよいサーベイだと思うし、俺の修論と
同様Money in the Utility(MIU)モデルの話だからとっつきやすい。
修論では財政政策がリカード的か非リカード的か、なんてことまでは考慮して
なかったから、そういった視点を入れたらどうなるか、ってことを週末考えようと
したんだけど、結局できなかった・・・。
(注:「非リカード的な財政政策」とは、政府負債が横断性条件を満たさないことをいう。
非リカード的な財政政策のもとでは、政府の通時的な予算制約式は均衡で
しか満たされなくなる。)

それから、これは備忘録だけど、Akerlof, Dikens and Perry (2000)
"The Macroeconomics of Low Inflation"
Brookings Papers on Economic Activity
では、長期的にフィリップス曲線が垂直にならないケースを扱っているのだから、
その議論を敷衍すれば、去年10月19日に書いたような話も正当化できるのかも。



TOP 2003年1-6月 2003年7-12月 2004年1-6月