I did it my way.


2006年3月31日(金)

桜もこの日あたりが見ごろだったらしいね。せっかく千鳥が淵の
近くに勤めてるし、この日報告書を提出してすっきりしたので、
夜N目さん、T木さんのおっさん三人衆で千鳥が淵を歩いてみた。
やはり近くで見るときれいだなー。桜のドームの中を歩いてる
みたいだった。デジカメ持っていって写真取ればよかった。

我々は半蔵門→九段下方面に歩いていったんだけど、九段下→半蔵門に
歩いていく方はお堀側の通路ということで超長蛇の列。九段下駅近辺から
並んでた。あれは並ぶ気しねーなあ。よかった半蔵門勤務で。

見終わった後は新宿に繰り出し、飯を食った後、BEE で久々にダーツ。
実は今年初投げだったりする。混んでるBEEなだけに2ゲームしかできず、
AVERAGEも大したことなかったけど、1回High Ton(150点以上)が出て
気持ちよかったー。でもキャッチ(狙ったところじゃないところに
入ること)の20トリプル(つまり60点)コミですが・・・。


2006年3月30日(木)

例年よりも早い契約更改。こっちが仕事の話をしようとしてるのに、
上司からは「そんなことよりもまずは体を万全にするように」との
お達しが。はあ、分かりました。周りも入院する人多いし、考えないと
いかんなー。まずは医者に行ってみるか。


2006年3月29日(水)その2

実はこの日、個人的にとても残念なニュースが新聞に載った。
腰抜けホリャララ省がホリャララの脅しに屈してホリャララをホリャララ
しやがって(きっこのブログ風)。ま、これでホリャララ省が特定の
組織の方に思いっきり目が向いているってことがさらに明らかになったな。
すでにこの決定(と決定までのプロセス)にはいろいろなところで異議が
出てるみたいだし。

ただ、このプロジェクトには多少なりとも関わっていただけに、
(一時的であったとしても)その頓挫は非常に悲しい。特に某所のトップは、
この事業の成就を自分の最後の大仕事として位置づけていたのは
明らかなので、その人のことを思うと涙を禁じえません。

思わず、昼飯1人ということもあって、半放心状態で半蔵門まで桜を
見に行ってしまったよ。



でも、おかげで4月がちょっと暇になったかも・・・


2006年3月29日(水)その1

三国志2、結局劉備さんは199年に全国制覇することができました。
本当にありがとうございました。

で、次に一番弱い孔融ででもやってみるかと思ったら、選択できなかった。
仕方がないので、選択できる中で最も弱そうな公孫瓉でやってみたところなんと、
196年にクリア!

192年ぐらいまでは雌伏の時で、「こりゃ3世紀突入か」と思ったら、
ある程度人材が揃って部隊を3〜4に分けて毎月2か国ずつぐらい戦争しかけたら、
思いの他あっさりといっちゃった。

しかし俺の引き抜き作戦、馬騰から馬超(親子)をあさーり
引き抜けちゃうとなんか興ざめ。やっといてなんだけど。
おかげで呂布、関羽、張飛、趙雲、馬超というドリームチーム組めました。
これ最強。

でも、そろそろやめないと・・・

たまたまだけど、歴史系の面白いサイトを今日知った。
( ^ω^) ブーンで日本史他なんでも勉強するスレ

勉強になるんだかならないんだかよく分からんけどw
あと登場するキャラも知らないの多いけど、面白い。


2006年3月21日(火)

最近、電車の中で携帯でドラクエをやっている人をよく見かける。
俺は普段携帯でゲームはやらないんだけど、それを見て懐かしく
思ったので、ドラクエってダウンロードできるのかなと思って
Vodafone(ソフトバンクに買収されて今度どんな名前になるんだろう?)
のゲームのサイトに行ってみたら、ドラクエの前にまず三国志に目が
行ってしまった。そして速攻10年以上前にやっていた「三国志2」を
ダウンロード。帰りの電車の中でやり始めたら、これが止まらない
止まらない。

まずはお約束の劉備でやってるんだけど、はじめて3日、現在のところ
あと数ヶ国を残すのみとなってしまった(ゲームでは、189年から
始まって今197年)。

俺のやり方は、
まずは開発や軍備の整備に専念→ある程度国が富んできたら、なんとか
どこからか軍師となるような奴を引き抜いてくる→軍師の多少のウソには
我慢して、目ぼしい人材を引き抜きまくる→人数が多くなったら
隣国に攻め入る→以下繰り返し
という感じかな。劉備の場合は関羽と張飛がいるからまだ楽だけど、
昔は一番マイナーな孔融でもクリアしたなー。劉備でクリアしたら
やってみるか、なんて考えてると、タダでさえあんまりできない
読書の時間がどんどん減ってく・・・。


2006年3月20日(月)

この日の日本経済新聞を見て驚いた。大学時代のゼミの後輩の川崎、
はてなの副社長なんだな。知らんかった。3年ぐらい前に会った時は
まだネットイヤーグループにいたはずだけどいつの間に、と思って
検索してみた。ここ とかここ とか発見。ふーむ。

GREEでのみなかじによる川崎の紹介文「言うならば21世紀タイプの
ヤクザ」ってのを読んだ時、「それはみなかじのことだろ!」って
思ったけど、これらを見てなんとなく納得。なんとなくだけど。


2006年3月10日(金)

A氏「Bさん、ドクター持ってるんですから将来大学で教えるっていうのは
   どうですか?」
B氏「それは絶対ない!なんで自分よりもバカなやつらに囲まれなきゃ
   ならないんだよ」
A氏「・・・」

A氏「(定年前のある先生に向かって)先生、まだまだお元気なんですから、
   少なくとも70歳までは働いて下さいよ」
B氏「大学の先生の定年は65歳でいいよ。大学でお漏らしされたら困る
   だろ。パンパース着けてればいいけどさ」
A氏「・・・」

言うまでもなく、B氏は僕ではありませんし、その意見に同意するわけで
もありません。ある面白いお方の語録(ちなみに 2月6日の人と同一人物
です)ということで書き残してみました。


2006年3月9日(木)

早く帰ったのも3日ぐらいで、この日からはまた終電・・・orz

この日、ある学術誌のエディターをやってる大学の先生から、「3/4の
ワークショップで発表した論文を投稿して下さい」というメールを頂く。
どっかからワークショップの情報が入ったみたい。「いや、実は論文は
書いてなくてppt作っただけですし、結果もちょっと・・・なんで、
すみません」という返事を出したんだけど、こういったこともあるんですね。


2006年3月6日(月)−8日(水)

大きな山を越えたので若干脱力モードだったのと、体調の回復のために
今週は割と早めに帰ることにした。7時半に会社出ちゃったりして。
用事がある以外にこんな早く出るの、いつ振りだろう?

ここ数ヶ月、残業時間が右肩上がりだったからなあ(年俸制なので残業代は
つかないんだけど)。振り返ってみると、去年の10月は65時間、11月は
72時間、12月は85時間、1月は96時間で、2月は一気に120時間だ(休日
出勤含む)。もういい加減、仕事ばっかり人生に飽きてきた。とはいいつつ、
周りにはもっとひどい人がいるんで、「まだまだたいしたことないな」なんて
思ってしまうのは感覚がマヒしてますかそうですか。


2006年3月4日(土)

ついに本番

いやーダメでした。ただでさえこれまでにない緊張感を味わってるのに、
時間が押してるから短めの発表にしようなんて、事務局根性を出して
しまったのがいけなかった。慌ててしまって途中一瞬頭真っ白に
なっちゃった(水を飲むことでなんとか立て直す)。
途中かなり支離滅裂なこと言ってたような気もするので、日本人はともなく、
英訳を聞いてた海外からの招聘者や傍聴者は理解できてたんだろうか?

だいたい、みんなほぼ完成した論文を持ってきて発表してるのに、
こっちは1週間前までシミュレーション回してて、発表資料作るだけで
精一杯、って時点でダメですな。プレゼンや内容の理解やそもそもの
経済や環境の知識など、すべての面で力不足を痛感した。
その点、Wageningen大学のIerland教授はすごかった。

ワークショップが終わった後のレセプションで、オランダ統計局の
Hoekstra氏から話しかけられた。発表がうまくいかずに凹んでる、って
正直に言ったら、「いやいや面白い発表だったよ」との返答が。社交辞令かも
しれないけど、これには救われた。同世代で、シュワルツネッガーに似てて、
180cmの俺も見上げてしまうほどの長身であるHoekstra氏、ナイスガイだったなー。

ワークショップ中は余裕がなかったけど、海外で同じようなことやってる
人たちとの交流っていいなと、酒が入った最後の最後のレセプションで感じた。
終わりよければ全てよし、ということで(違うか)。


2006年3月3日(金)

今日はさすがに会社に行く。午前中でなんとか発表資料完成。
午後は最後になった俺の発表資料印刷も含めロジ関係の準備で、18時には
会場まで行ってセッティング。20時半に会社に戻ってきて、発表の準備。

どう考えても発表とロジを兼ねるのは無理があるよな。しかも体調悪いし。
ま、そんなこと言っても仕方ないので、もうどうにでもなれという
感じで掲示板に書き込んでみたりしてた。


2006年3月2日(木)

会社に行くのがつらいので、電話やメール、時にはFAXまで使ってなんとか
家で仕事。だるくなったら横になったりしてたので、この後に及んでまだ発表
資料完成せず(ちなみに他の発表者の人には1週間前に提出して下さいと
お願いしてたりする。これぞロジも兼ねてる特権)。


2006年3月1日(水)

病院は1時過ぎに出て、会社の近くのホテルに泊まる。そして仕事。
医者からは、「本来3〜4日ぐらいの休養が必要」って言われたけど、
そうはいかないんだなこれが。上司にも「3月4日までは何とかがんばって
くれ」と言われるし。いやーつらいですな。

徐々に炎症はなんとかおさまってきたけど、熱があってダルい。
だから7時ぐらいに退社。



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