She's a Killer Queen,
gun powder, gelatine


2003年10月31日(金)

今週は、水曜に千葉、木曜に茨城の牛久に行ってヒアリング。
後で録音しといた自分のべしゃりを聞くと、相当ダメダメなことが分かる。
この作業をあと数十回繰り返すので、やっていくうちに直していこう。

あと最近、自分が気分屋だってことに気づいた。機嫌が悪いと、上司の話をあからさまに聞いてなかったり、
嫌な顔したりしてる(というか、話が長かったり自慢話をされるから機嫌が悪くなる、という因果関係かな)。
その一方で、ある時はやたら腰が低かったりする。さすがに客相手ではそんな態度はとらないけど、
基本的に自分のやりたいように、思うように行動してるので、忙しくても仕事であまりストレスはたまってない。

ある人からは、「そんな性格は将来苦労するよ」って言われてる。確かに、今は若いから許されてるのかもしれない。
でも、変化球を覚えるのはまだ早いかなと思ってるので、とりあえず直球(せいぜい130km)一本で行ってみよう。


2003年10月27日(月)

昨日の日記で、「政治の介入」について偉そうなことを書いてるけど、実は俺も友達2人に起こった問題に
「介入」した。俺が何もしなくても、いつかその問題についてお互いが向き合う日が来たかもしれないけど、
俺の行動によってこんなに早くその日がきてしまった。

2人とも相手に対しては怒り、 そして俺には「気を遣わせてゴメン」と言った。良かれと思ってやったことだけど、
果たしてこれでよかったのかどうか、悩む。

好きな言葉に
「偽善がキライという偽善が、キライ」
というのがあるんだけど、俺は偽善がキライな偽善者かもしれないな。

なんて、柄にもなく真面目に書いてしまったのをT三さんとかに読まれると思うと、はずかしー!


2003年10月26日(日)

10月19日に書いたアメリカで起こってる安楽死問題だけど、どうやら安楽死寸前に、ブッシュ大統領の弟である
ジェブ・ブッシュフロリダ州知事(フロリダでの話だったのね)が介入、「知事の命令」によって
件の女性は生命を維持することになったそうだ。そして、喜ぶ両親や弟と女性が面会のシーンがTVで流れ、
多くの人の感動をよんでいるみたい。

はっきり言って、こういう問題に政治が介入してくるって聞くと、ものすごい嫌悪感を覚える。
それは別に俺が安楽死擁護派だから、というわけではなく、人気取りの意図がミエミエだから。
実際、多くの人の感動をよんでるってことは、さすがブッシュ一族、その辺の嗅覚には優れているようで。


2003年10月24日(金)

夜はアキヲ氏飲み。楽しかったです。ありがとう。>アキヲ氏

惜しらむは、もうちょっと早い時間から飲みたかったな、と。
というわけで、池袋発の終電が23:48と激早な俺は、終電に間に合いませんでした。
そんな状況の中、アキヲ氏を朝まで付き合わせてしまい、ほんと申し訳ないことしました。ゴメンなさい。

飲んでる最中ますに電話し、勉強会について相談するも、決定には至らず。
結局どうなるんだろう?


2003年10月23日(木)

夜、勤め先の理事長との交流会。

自分のところの理事長と「交流会」ってのも変な話だと思うけど、だいたい理事長(T島って人)は
TV出たり本書いたりしてて職場に顔を出すことはないから、飯を食いながら会話をしようということになったみたい。

そんな趣旨だから、最初は所員1人1人が自己紹介。それをつまんなそーに聞く理事長。
15人ぐらいの紹介が終わり、いよいよ理事長の話の番が来る。
待ってましたとばかり、怒涛のように喋り出す理事長。内容は、今やってる自分の仕事の話ばかり。

そんな中運ばれてくる料理。最初はみんな箸をつけなかった(でも俺はビールは飲んでた)けど、
やがて俺の上司がアナゴの天ぷらを食べはじめ、出向で来ている先輩が続く。
でも、理事長の視線を気にしてまだ食えない俺。理事長の隣の同期が食べはじめたのを見て、ついに食うことにした。

つーか話長すぎ。確かに内容は面白いんだけど、最初に「頭を働かせて聞いてほしい」とか言うから、
みんなかしこまってろくに飯も食えなかったわけ。俺は理事長の斜め前だったからまだよかったけど、
真っ正面の2人は最後までほとんど食えず、かわいそうだった。
もし今度交流会やるなら、座敷とかにして、みんなで飲ませてベロベロにしてみたい(無理だと思うけど)。

終了後、上司に飲みに連れて行ってもらう。


2003年10月21日(火)

午後8時半頃、シコシコと仕事をしていると大学院の友達ますはら氏から電話が。

めずらしく早く帰れて、今麹町近辺にいるので飯食おうという。俺も飯食ってなかったし、
どうせだったら飲もうということで、仕事を切り上げて軽く飲む。

そこで近況など話してると、お互いどうやら土日は暇を持て余してるようなので、
ますが「勉強会やるってのはどう?」と言ってきた。こちらはもちろん望むところ。

問題は何を勉強するか、ってことだけど、Fumio Hayashi"Econometrics"をもう一回やるという案が有力。
月1,2回ぐらいのまったりペースで、時には北原大先生あたりを金にものを言わせて?講師に招き、
終わったら飲む、って感じでやっていけばいいように思うけど。ぜひ実現させましょ>ます


2003年10月19日(日)

最近テレビで、アメリカで植物人間状態の女性をめぐり、楽にさせてあげたいと安楽死を望む彼女の夫と、回復を信じる彼女の両親が、何年にもわたって裁判を行ってきた、というニュースを見た。結局裁判所は夫の主張を認め、現在生命維持装置を外して彼女はあと数日で安楽死してしまうらしい。

あと、確かフランスだったと思うけど、母親が息子を安楽死させて通常は罪に問われるところ、息子の「かあさんを逮捕しないで下さい」という内容の本がその死後に出て話題になり、結局その母親は罪に問われなかった、といったニュースも少し前にやってた。

日本における安楽死をめぐる言説というのはほとんど知らないんだけど(せいぜい東海大病院事件と、その裁判で示された「安楽死が倫理的に正当化され得る4要件」ぐらい)、もし俺が植物人間状態になり、ほとんど回復する見込みがないんだとすれば、その時はお願いだから安楽死させて下さい、ってことを(こんな家族の誰も見てないようなところで)明言しとく。というのは、まともに思考できなくなってしまったらそれはもはや「オレ」ではありえないから。そういう観点から言うと、ボケてしまって周りの人に迷惑をかけるようになったら、それでも安楽死させてもらって構わない。とにかく、「ただ単に生き長らえてるだけ」という状態になったら、死んだ方がマシだと思ってます。

そうなると、長い期間俺が「オレ」であるために(尾崎の歌みたいだな)は、今のうちから頭を鍛えとかないとマズイけど、最近記憶力が落ちてるし、難しい文章とか読むと拒否反応を示し始めてるので、そろそろ逝ってよし状態?


2003年10月18日(土)

めったにないことなんだけど、おふくろの還暦祝いって名目で家族全員で外食。川越いも膳。その店は名前の通り、イモを使った料理ばかり出てくる。ちなみに川越はイモで有名なんだけど、それが結構埼玉がバカにされる要因の1つになってるような気がする。

それはさておき、最初聞いた時は、「飯でイモづくしかよ」とちょっと引いてたんだけど、食ってみるとこれがなかなかいける。俺達が食ったのは精進料理だったけど、前菜やら椀物、焼き物、蒸し物、そばなどかなりボリュームがあり、デザートのいもアイスを食い終わるとかなり腹いっぱいだった。そんなに頻繁に行きたいとは思わないけど、誰かが川越近辺に来た時に連れて行ってもいいかな、と思うような店でした。


2003年10月15日(水)

バンクーバー時代の友人、ゆみと食事。会うのはバンクーバー以来だったから、2年半ぶりってことになる。とても奥様にはみえず、若々しかったので安心。お互いの近況を中心にいろいろな話をした。途中で「じゃー英語でしゃべろうか」って言われることを密かに恐れてたんだけど、それはなくてホッ。1年後ぐらいには大分から東京の方に来るそうだから、その頃の再会を約束。帰るのが面倒になったんで、会社に行ってちょっと仕事してから寝た。


2003年10月11-12日

11日:15時に職場に集合して18時半まで仕事→友達と渋谷で飲み→次の日朝早く起きなくちゃいけなくて帰るの面倒だったので、職場に泊まる。その際に少し仕事やる。

12日:10時に五反田でチャーリーと待ち合わせて、またもDURBUN(最近レナウンとの経営統合を発表したね)のバーゲンに行く(6月14日の日記参照)。スーツとコートを一着ずつ買う。合わせて46500円は安い!→昼飯は、チャーリーが久々に二郎を食いたいというので、目黒二郎へ。ちなみにその前に品川二郎(湾岸通り近く、住所だと港南2丁目付近)に行ったんだけど日曜は休みだった。30分ぐらい並んで食う→チャーリーと別れ職場へ。17時半頃までひたすら某統計の異常値の検出作業→池袋でMy Bloody Valentine(略してマイブラ)の『Isn't Anything』を買って帰る。

うーん。仕事、遊び、遊び、仕事、とカスタネットマン状態(意味分からない人はひょうきん族派じゃなくてドリフ派だな)。そんなに充実してるって感じじゃないけど、ちょっと前の凹み状態よりはマシかな。これから地方への出張の嵐が始まる。そうなるとどうなることやら。


2003年10月10日(金)

掲示板にも書いたけど、チャーリーからCanCanのデルモの人との異業種交流会があるという電話があった。でも友達と会う約束があったので当然ノータイムで断りました(友達と別れた後何度も電話をしたけどつながらず泣く泣く帰った、なんて事実はないです)

友達とは原宿FLAMINGO CAFEで食事して、帰りは渋谷まで歩く。楽しかったです。次の日の朝早い仕事、大丈夫だったかなあ。


2003年10月7日(水)

ある委員会の準備で1時まで働いた後、先輩と一緒に近くのホテルに泊まったんだけど、5時起きだっつーのに寝る前に1時間ぐらい飲んでしまう。次の日同僚の女の子に「早く寝ればいいのに」って言われたけど、睡眠時間2時間も3時間も大して変わらないんだから、燃料補給しといた方がいいでしょ。


2003年10月5日(日)

大学時代のゼミの先輩の7回忌に行ってきた。

あるゼミの日、その先輩のたまたま隣に座った。彼は留学して帰ってきたばかりだったのでその話を聞いたり、当時出たばかりのPaul Weller『Heavy Soul』の話で盛り上がった。その時はいつもと変わらず、とても元気だった。

1週間後、突然亡くなった。1週間前に隣の席で笑いながら話していたかと思うと、全く信じられなかった。
お葬式の時、遺影の横でお姉さんが『Heavy Soul』を持っているのを見て、込み上げてくるものがあった。

イイ人ぞろいの1つ上の先輩の中で、その先輩は特にイイ人だった。笑った顔しか思い出せないぐらい、いつもニコニコしていた。彼がいるからそのゼミに入って来た同期もいるくらいだ。

そんな彼の人徳だろうか、7回忌はかなりの人数が集まった。海外に住んでいる人からも彼への熱い思いがつまったメールが来ていた。会自体は、しんみり彼を偲ぶというよりも楽しく飲みながら昔話に花を咲かせようという趣旨で、御両親も来て下さった。お父様がまた立派な方で、生きていればほぼ同じ年齢だった我々を見て複雑な思いもあったろうけど、積極的に各グループの輪に混ざり、いろいろな話をしてくれたり、我々の近況を聞いてくれた。最後のご挨拶も明るく前向きで、むしろ我々が励まされたぐらいで、みんな感動してた。よい会だった。

その後は、同期4人と先輩1人で居酒屋で飲んだ。そこでの主役は、最近MBAと奥さんを続けてゲットして日本に帰って来た先輩、M本さん。奥さんはMBAコースの同級生で、なんとベネズエラ人!ベネズエラっていえばあんた、この前のミスユニバースのグランプリもベネズエラ人だったってくらいの美人が多い国ですよ(ただし治安は悪いらしい。コロンビアよりヤバイとは知らなかった)。大学時代あまり女っ気がなさそうだった(スミマセン)M本さんが、毎日5回は"I love you"とか"Beautiful!"とか言ってるって聞いたら、そりゃびっくりですよ。

そんな訳でM本さんトークは絶好調。もともと話はうまくて頭がいいスゴイ人だと思ってたけど、奥さんまで加わったら鬼に金棒ですな。前に某有名企業にいた時はかなりつまんなそうだったから、留学して大正解でしたね。

というわけで、現在某有名企業にいてつまんなそうに見えるチャーリー高島にみんなで「会社辞めた方がいいぞ」「1回ちゃんと勉強してみた方がいいぞ」って集中攻撃。奴も考えるところはあるだろう。

楽しく、有意義な1日だった。みんないろいろと問題を抱えながら、それぞれ一生懸命やってる。そういう話を聞くとこちらも励みになる。ちょっと最近下降気味だっただけに、こうやってみんなと会える機会があってよかった。この次はM本さんの奥さんのお披露目会か、隊長帰還飲みかな?


2003年10月4日(土)

掲示板にも書いたけど、「小唄」の発表会に行ってきました。場所は銀座ガスホール。上司(ていうか職場のNo.2)と協力会社の人が出てるので一応「仕事がらみ」なんだけど、別に「行かないと給料下げるぞ」とか「仕事ちゃんとやってやらねーぞ」とか言われたわけでもなく、あくまで自主的に行ってみました(裏情報:上司と2人で飲んでおごってもらった時に「あおきくん来ない?」って言われた点を割り引く必要あり?)。

で、感想だけど、掲示板にも書いたように「上流階級の趣味」という感じだなー。まず金がかかるし(バックで三味線とかを引いてるのはプロなので、その謝金でも結構するらしい)、見にきている人も社会的地位(と年齢と着てるもの)が高そうな人ばかり。ロビーのあちこちで自己紹介しているところは、「社交場」という趣き。

もちろんTシャツジーパンの俺はそれを横目に、やめてるはずの煙草に火をつけるしかなかったんだけど。

最後に強調しときたいのは、小唄自体はそんなに悪くなかったってこと。俺の場合唄よりも三味線とか鼓をずっと見てたけどね。まとめると、

・小唄自体は思ったよりもよかったけど、
・会の雰囲気はどうもなじめません。
・まあたまーに聞きにいくのもいいかもしれない。

って感じかな。


2003年10月3日(金)

この日あったこと。

・同僚が出張に行ってしまったこの日、その人宛てにある官庁から届け物(ダンボール箱32個分!)があるから受け取ってほしいと頼まれた。で、その官庁から3人が来て、台車を使って一緒運んだんだけど、そのうちの1人が台車をキックボードのように乗って遊んでたのには唖然。もっと公務員の数減らして、真っ先にあいつをクビにしてほしい、と激しく思う。

・歌舞伎町二郎を食いに行った。そこは壁に名刺がたくさん貼ってあるんだけど、場所柄上キャバクラ嬢やあやしげな店員らしきやつらの名刺に囲まれて、俺の大学時代の名刺(ゼミで半強制的に作らされた)が貼ってあったのにはちょっとうれしかった。

・北海道の友達から、「鈴木宗男を見た」というメールと、証拠の画像が送られてきた。めっちゃ笑顔。


2003年10月2日(木)

仕事で東大経済学部の先生に会いに行くも、約束を忘れてたらしく、1時間ほど待つはめに。待っている間に八田先生のところに寄ったら、「最近本が出たのであげるよ」と言われたので思わず

「サインして下さい!」

ただのミーハーですな。つーわけで、『停滞脱出』(日本経済新聞社 2000円)、伊藤(元)、伊藤(隆)、奥野、西村、八田、樋口、深尾、八代、吉川という豪華メンバーでこの値段は安い!皆さん買って下さい(先生、宣伝しときましたよ)。